西御門サローネ
建築紹介
玄関ホール写真
帝国ホテルの設計で知られる建築家フランク・ロイド・ライトの影響を受けていることは、六角形の窓、階段てすり、サンルームの形状からもうかがうことができます。
各部屋に吊るされた照明器具も当時のままとなっており、赤いじゅうたんはホテルとして使われていたスタイルを継承しています。


応接間には暖炉があり、
サンルームに通じる扉を開くと光がまぶしいほどに差し込みます。


六角形の平面をしたサンルームは
接収された時代の名残の白ペンキで塗られています。


渡り廊下でつながれた別棟は高床式の茶室となっており、四畳半の茶室には炉も切ってあります。
萩、竹、葦等の材料で組まれた多様な構成の天井、無双の建具、屋根は茅葺となっています。

旧里見弴邸について
  吉田鋼市氏 (横浜国立大学工学部建築学科教授)

  1. 建物の概要(1993年1月の調査による)
    • 構造は木造2階建て、和小屋。規模は195.47平米、2階98.72平米、延べ294.19平米、和風別棟は1階5.90平米、2階43.12平米、延べ49.02平米。屋根は銅板瓦棒葺き寄棟、一部亜鉛引鉄板葺き、和風別棟は草葺き入母屋。外壁は南京下見板張り、一部モルタル塗り、和風別棟は土壁の真壁。基礎はコンクリート布基礎
    • 1926年(大正15年)の創建、和風別棟(書斎)は1929年(昭和4年)
    • 設計は里見弴自身、施工は不詳。和風別棟の施工は高橋久次郎と下島松之助
  2. 建物の沿革
    • 里見弴(1888-1983)は、1926年12月から1936年まで常住
    • 幾人かの所有者・使用者を経て1963年7月から石川邸(1993年時は石川トシ氏在住)
    • 2007年から設計事務所studio acca が使用
  3. 建築家としての里見弴
    • 設計・里見弴の根拠は、一部の年譜にそう記されていることで、棟札・墨書の類はない。和風別棟には小屋組の幣束の両面には「施主山内家 棟梁 高橋久次郎・下島松之助 蔦頭岡崎治助」「昭和四年吉日」とある。「山内」は里見弴の本名 山内英夫による。創建年の根拠も年譜による。
    • 自身の随筆「家の霊」(昭和2年7月、「中央公論」に発表、後『自然解』に所収)に「三十一歳と三十九歳とに、私は二軒家を建てた。・・・・尤も今度は、妻の注文にまかせて、自分にはさう欲していない洋風の建築にしたが、・・・・別棟に四畳半の仕事部屋を、これこそ自分の心のままに建てたいと思っているが、今のところ金の都合がつかないので、一人胸のうちに何度となく建てては崩し、建てては崩ししている」とかいている。39歳のときが鎌倉西御門、31歳のときは東京都四谷右京町。四谷右京町の住宅については自ら設計したと随筆に書いている。里見弴は絵や版画をよくし、那須の別荘、将棋の大山15世名人と横山隆一の別荘も設計。
  4. 建物の特徴
    • プランは中廊下型(廊下を挟んで南に主要室、北にサービス・スペースを配す)
    • 凹凸をくりかえすピクチュアレスクで華やかな外観
    • 六角形、菱形など斜めの線のモチーフを多用。ライトの影響か。その他大谷石の使用、水平に突き出す玄関ポーチと2階の庇、陸屋根のように見える外観等もライトの影響か。ライト建築の鎌倉への導入の早い例で周囲に影響を与えたか。
    • 和風別棟は、高床式の草葺民家風で書斎というよりも茶室。網代天井、船底天井、竹の棹縁の天井など数寄の精神が横溢。
※2008年4月13日実施 『里見弴のいた西御門』展
建築レクチャー レジュメより